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福岡高等裁判所 昭和49年(う)360号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役七月に処する。

押収にかかる短刀一振(福岡高等裁判所昭和五〇年押第二六号符号一)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官柴田和徹が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

第一点事実誤認

所論は要するに、原判決は本件公訴事実たる(一)銃砲刀剣類所持等取締法違反、(二)業務上過失致死、同傷害、(三)道路交通法違反、(四)道路交通法違反被告事件のうち、(二)、(三)、(四)については有罪を認め、被告人を懲役六月に処する旨を言い渡したが、(一)については無罪を言い渡した。しかして無罪の理由とするところは、右銃砲刀剣類所持等取締法違反の公訴事実を認め得る証拠としては、被告人の原審公判廷における供述、被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書における自白を内容とする供述のみで、これを補強し得る証拠はないというのであつて、さらに補強証拠がない理由としては、検察官が取り調べを請求した短刀一振は憲法三五条に違反して違法に収集されたものであるから証拠としての許容性がなく、現行犯逮捕手続書ならびに捜索差押調書中被告人が短刀一振を所持していた旨の記載および原審証人宮本明雄ならびに同籠谷利元の各供述中同趣旨の供述はいずれも短刀の違法な収集手続の過程で現認された事実を内容とするものであるから証拠として許容されるべきものではないというのである。しかし原判決は、司法巡査宮本明雄等が、被告人に対し職務質問を行つた際、被告人の任意の承諾に基づきその附随行為として行つた法律上当然許容されるべき運転免許証発見のための車内検査の経過的事実を誤認して、右車内検査を違法な捜索と判断し、これを前提として短刀等の証拠の許容性を否定するに至つたものであつて、右事実誤認は明かに判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄を免れ難い、というのである。

よつて検討するに、原判決が、本件公訴事実中銃砲刀剣類所持等取締法違反の部分について、これを証する証拠としては被告人の自白があるのみで補強証拠がないとの理由をもつて、被告人に対し無罪を言い渡したことは所論の指摘するとおりである。

しかして、〈証拠〉を総合すると、昭和四七年一月三一日午前三時一五分ころ大阪市浪速区敷津町三丁目一六番地先の交差点で、山田辰夫こと崔雲龍運転の普通乗用自動車と足立勝徳運転の普通貨物自動車の衝突事故が発生したため、事故処理のためいずれも大阪府浪速警察署の警察官である籠谷利元、宮本明雄、頓宮輝海、稲谷某、田尻某の五名が現場に赴いたところ、既に普通乗用車の運転手らの姿はなく、足立勝徳らの語るところによれば、普通乗用車の運転手や同乗者のうち二、三人はいずれもブルーに白線の入つたトレーニングシャツにトレーニングパンツを着用し一見やくざ風の男達であつたが事故直後いちはやく逃げ去つたということであつたので、当て逃げ事件として手配するとともに事故処理に当つていた。崔雲龍と被告人は同じ暴力団平山組に所属し、崔雲龍から交通事故を起した旨を知らされた被告人が普通乗用車を運転して右交差点に来り、交差点内に車を止めて警察官の事故処理状況を熱心に見入つていた。籠谷巡査が被告人の様子に気づき、被告人の着用していたトレーニングシャツの特徴と当て逃げ犯人のトレーニングシャツの特徴がよく似て居り、熱心に事故処理の状況に見入つていた情況から、被告人は右衝突事故について何等かの関わりがあつて、事件に関し知識を有するものと判断し、籠谷巡査の命令を受けた宮本巡査が被告人の傍に来て運転免許証の提示を求めたところ、被告人が反抗的な態度で免許証を携えていない旨を答えたので、免許証を携帯しないで自動車を運転してはいけない旨を告げて車外に出るよう促し、これに応じて被告人が車外に出るや、職務質問を始め、被告人の氏名、年令を尋ね、車中に免許書があるのではないかと探すよう促したが、被告人が荒荒しい態度で拒否し、一向に探そうとしないので、免許証が車内にある場合を慮つて、車中を探してもよいかと問うや、被告人が「探すなら勝手に探せ」と答えたので、宮本巡査は被告人が車内検査を任意に承諾したものと認め、被告人が車から降りて開いたままになつていた運転席横の扉の内側に至り、両足は地面につけたまま、屈めた上半身のみを車内に乗り出すように入れてダッシュボードの中を探したところ、車体検査証とともに鞘に入つた果物ナイフ一本(刃体の長さ一〇センチメートル)が入つているのを発見したので、これを取り出して被告人に示したところ、自分のものに間違いない旨を述べたので、深夜、自動車のダッシュボードの中に果物ナイフを入れてこれを所持し、他に果物等を所持している形跡がなく、被告人はその服装、態度等から暴力団員と目される等の諸情況から、正当な理由がなく刃体の長さが六センチメートルを超える刃物を所持しているものと判断し、銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯人と認めて直ちに逮捕し、同巡査および頓宮巡査が協力して被告人を傍のパトロールカー内に連行し、これに引き続き籠谷巡査において強制捜査を続け、被告人が運転していた自動車内を捜査したところ、前記扉のポケット内から被告人所有の短刀一振(昭和五〇年押第二六号符号一)を発見したので、これを宮本巡査等に示して差押えることを謀り、その場でこれを差押え、被告人を所轄の浪速警察署に連行した直後、宮本巡査および頓宮巡査において現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書を作成した事実を認めることができる。右認定に反する被告人の原審公判および当審における供述はたやすく措信し難く、他に右認定を覆し得る証拠はない。

ところで、原審は、昭和四九年二月一八日付決定をもつて、検察官のなした前記短刀一振の証拠調の請求を却下し、その理由とするところは、右認定と略同様の経過的事実を認めながらも、被告人が宮本巡査に対し「探すなら勝手に探せ」と答えたことをもつて、車内検査について真撃な意思をもつて任意の承諾を与えたものとは認め難いとし、被告人の任意の承諾なくして行なわれた車内検査は違法な措置であり、その過程で発見され差押えられた右短刀は違憲無効の手続によつて収集されたものであるから証拠能力はないというに帰するが、職務質問の際、必要がある場合は本人の任意の承諾を得て、合理的な方法でその携帯品の内容を調査することが許されるものであることは多くを言うまでもないところである。問題は被告人が「探すなら勝手に探せ」と答えたことが、果して任意の承諾と認め得るか否かである。

ところで、右の承諾を求めた宮本巡査はそのため強制、威迫等の不当な手段を用いたものではなく、職務質問の際に行う発問、説得等の方法、態様についても、前記のごとく、交通事故が発生し当て逃げと考えられる場合に、その直後ごろ被告人が当て逃げの犯人と同様の服装をして事故現場付近に表れ、事故処理の状況を熱心に見入つていた情況から、事故処理に当つていた宮本巡査らが被告人に対し、被告人が事故について何等かの知識を有するのではないかと判断したことは至極もつともなことであり、その氏名、年令、職業、住居を始め、事故ないしは犯人との関係について正確な事実ないし知識の内容を知る必要のあつたことも当然といわねばならないところであり、その手始めに免許証の提示を求めたところ、免許証の不携帯ないしは無免許運転の疑すら持たれる状況となつたのであるから、この新たな事態が添加されたことにより、免許証の有無の確認は不可缺の状態となつたのであり、かような一連の状況下において宮本巡査が再三に亘つて被告人に対し、免許証の有無について車内を確認するよう説得を試みたのであつて、この措置に非難を加える余地はない。しかるに被告人はますます反抗的となり説得に応じようとしないので、宮本巡査は被告人に対し「探してよいか」と車内検査の承諾を求めたことは、本来免許証を提示すべき義務を負う本人が、免許証はいまは持つていないとうそぶくばかりで、敢て車内を探そうとしないので、宮本巡査が運転免許証により被告人の氏名、年令、職業、住居、等を確め度い意図を有していたことは否定し得ないところではあるが、運転免許証の有無を確めること自体は、本人に代わつてその行為を行うための承諾を求めたものである趣旨を十分に汲みとり得るところであつて、免許証の有無を確める目的が明確に示されており、かつ本人の所持品に対する支配を不当に侵そうとするものではないことが明かであるから、被告人本人の任意の承諾がある限り、免許証有無の確認のため車内を検査することは、それが職務質問の機会に行なわれたものであつても、何等の不法性をも帯びるものではない。しかして、被告人が宮本巡査の要求に対して「探すなら勝手に探せ。」と答えたことは、宮本巡査が被告人に代わつて免許証の有無について車内を確認することまで拒否する合理的理由がないため承諾の意を明らかにしたものと認め得るところであつて、もとより被告人の自由かつ任意の意思決定に基づくものであることを窺うに足りるから、自棄的に捨て鉢になつた気持から真意の伴わない言葉を訳もなく口走つたものと同日に談ずることはできない。

原審のなした前記決定は、被告人が宮本巡査に与えた任意の承諾を不任意のものと認定し、この判断を前提として短刀一振の証拠能力を否定する誤つた判断を示すに至つたものであることが明らかであり、原判決は右決定と同様の認定をなし、これを前提として、前顕実況見分調書、捜索差押調書の各記載中、短刀一振を被告人が所持していた旨の記載部分の証拠能力ならびに原審証人籠谷利元、同宮本明雄の各供述中同趣旨の供述部分の証拠能力を否定し、被告人の自白を補強し得る証拠がないとして、結局被告人が短刀一振を所持していた事実を否定し、犯罪の成立を否定する判断を示すに至つたものであつて、右は明らかに事実を誤認したものというべく、検察官の所論のうち、立証趣旨の拘束力等爾余の主張に対する判断を俟つまでもなく、原判決は破棄を免れ難いものというべく、論旨は理由がある。

第二点法令の解釈適用の誤ならびに訴訟手続の法令適用の誤

所論は要するに、原判決には憲法三五条警察官職務執行法二条一項、刑事訴訟法二二〇条一項二号等の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れ難い、というのである。

所論にかんがみ審査するに、被告人は宮本巡査に対し運転免許証の有無を確認するため被告人が運転していた自動車の車内検査の要求について任意の承諾を与え、同巡査は右承諾に基づいて車内を検査するうちダッシュボードの中から果物ナイフ一本(刃体の長さ一〇センチメートル)を発見し、これが被告人の所有に属することを確めて、被告人を銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯人と認めてその場で逮捕し、さらにその機会に引き続いて、籠谷巡査が車中の捜索を続けたところ、右自動車の運転席横の扉のポケットから短刀一振を発見し、宮本巡査らに差押を行うことを謀つて、これを差押えたものであることは、既に前段において詳説したところにより明かである。

宮本巡査の行なつた右車内検査は、被告人の任意の承諾に基づくもので適法な行為であつて、その機会にダッシュボードの中から果物ナイフ一本を発見したことを違法ならしめる何等の要素も見出し難いところであるから、その所持を理由に被告人を現行犯人として逮捕したことも適法、有効になされたものであることは多くをいうまでもないところであり、さらに前記短刀一振の捜索、押収は現行犯人逮捕の機会にその現場において行なわれたものであつて、もとより適法有効なものといわねばならない。しかるときは、現行犯人逮捕手続書、果物ナイフおよび短刀一振に関する捜索差押調書中短刀一振を被告人が所持していた旨の記載部分ならびに原審証人籠谷利元、同宮本明雄の各供述中同趣旨の供述部分をも含めて、これらの各証拠の証拠能力を否定すべき合理的理由を見出し難い。

しかるに原審が昭和四九年二月一八日付決定をもつて、右短刀一振は、憲法三五条、三一条に違反してなされた違法無効な捜索差押によつて収集されたもので、証拠として許容性がない旨を判示し、また原判決が現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書中被告人が短刀一振を所持していた旨の記載部分ならびに原審証人籠谷利元、同宮本明雄の各供述中同様趣旨の供述部分は、右短刀一振の違法な捜索差押の過程で現認された事実であるから、これらの部分は憲法三五条、三一条の精神にもとり証拠能力は否定される旨判示したことは、その基礎に被告人が宮本巡査に対し、車中の検査について任意の承諾を与えた事実を誤認したことが前提をなしているとはいえ、憲法三五条、三一条の解釈ならびに刑訴法二二〇条一項二号等の解釈適用を誤つたものといわねばならない。(もつとも原判決はこれらの証拠のうち短刀一振を除くその他の証拠について、その証拠能力に関しては、短刀の捜索差押手続およびこれに関連する現行犯人逮捕手続の経過に限定して取り調べたものであるから、有罪の認定の資料とすることには疑義がある旨、恰も犯罪事実認定のための証拠能力については立証趣旨に拘束されるかのごとき判断が示されているが、若しかような解釈に立てば、かかる証拠調の結果、捜索、差押手続および現行犯人逮捕手続が適法、有効と判断された場合、犯罪事実認定の資料とするためには、あらためて重複して同一証拠につき証拠調を行なわねばならないこととなつて極めて迂遠かつ著しく訴訟経済に反する結果を招来することとなつて不合理であるばかりでなく、たとい重ねて証拠調手続を実施しないで犯罪事実認定の資料に供したとしても、既に行なわれた証拠調の手続の段階でその証拠調の態様に照らしてみて、実体関係についても被告人に対し防禦を尽すべき十分な機会が与えられていたものと認め得るので、被告人に対し不意打ち的不利益を強いることとはならないものというべく、従つて被告人の防禦上の利益は手続的に十分に保障されていたものといい得るので、本件訴訟手続の場合は、右各証拠の証拠能力を立証趣旨に限定すべき実益ないし合理的理由は存在しないものといわねばならない。)

しかるときは、原判決の右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであるから、この点においても原判決は破棄を免れ難く、論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但し書の規定に従い、さらに自ら次のごとく判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和四七年一月三一日大阪市浪速区敷津町三丁目一六番先路上に停車中の普通乗用自動車内において、刃渡り約19.5センチメートルのあいくち(短刀)一振(昭和五〇年押第二六号符号一)を所持していたものである。〈以下、省略〉

(藤野英一 真庭春夫 金澤英一)

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